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ビジネスブログ

2019年01月29日 [雑文(フィクション)]

僻地のお葬式

 子供の頃、お葬式があるとワクワクしていました。

 私の故郷の集落では人が少なくのんびりと暮らしていた人が多かったので、
不慮の事故や病気で若く亡くなる人が極めて少なく亡くなる理由が老衰や加齢による病気が殆どでした。

 私が小さい頃、祖父は膀胱がんで長いこと入退院を繰り返していて当時は「癌=不治の病」という認識もあり
親戚一同集まっては「じいさんはいつ死ぬか」という話ばかりしていました。
自分の思った事は直ぐに何でも口にしてしまうこの集落の人らしい会話です。
冬が長く雪深いこの地域では早く喋らないと寒くて死んじゃうからこういうカルチャーなんだろうなと
その事に気が付いたのは大人になってからだったのですが。

 とある早朝に「じいさんが死んだ」と親戚から電話がありました。
この集落では人が死ぬと直ぐに火葬するのです。
火葬してから、数日後に自宅でお通夜、お葬式をしていました。
だから小学生の私は忌引きで堂々と学校を休める事に興奮しました。
その後、じいさんを火葬するからと黒っぽい洋服を着させられじいさん宅に向かいました。
じいさん宅では死に装束を着たじいさんを前に皆悲しんでいました。
皆で集まっては「じいさんはいつ死ぬんだろう」と和気あいあいと口々に言っていたのになぁ〜いざ死ぬと悲しんだなぁ〜と
未熟な私はぼんやりと見ていました。
じいさんの死に装束は真っ白い着物で額に白い三角の布が付けられていました。
当時大人気だったTV番組「8時だよ全員集合」でドリフターズの志村けんがやっていた幽霊のコントで付けていた白い三角の布です。
「あっ、志村けんの幽霊みたい」と思ってしまい、笑ってはいけないと思うと余計に笑いのつぼにハマってしまいました。
笑いをこらえながらじいさんを見ていたら、私が千昌夫の北国の春を口ずさむと喜んでくれたり、
私がカレンダーの裏に鉛筆で女の子の絵を描くとじいさんは戦車の絵を描いてくれたり、
サントリーの達磨という銘柄のウイスキーを飲んで酔っ払て腰が曲がったじいさんが顔を真っ赤にしてさらに丸まり達磨のようになった姿を思い出してしまい、急に悲しくなったのでした。
親戚一同火葬場に村のバスで向いました。
じいさんが火葬炉にいれられる瞬間に突然親戚の女子高生Yちゃんが「嫌ーーーーーーーーーーー」と大声で泣き叫びました。
当時大人気だったドラマ「不良少女とよばれて」の伊藤かずえにそっくりで村で美人ヤンキーで有名なYちゃんだったので
皆一様にびっくりしました。
じいさんが死んだ直後は通常通り美人ヤンキーですまし顔だったので突然のYちゃんの泣き叫びっぷりに皆驚き悲しみが増していったのでした。

その後、火葬に間に合わなかった東京から帰省した親戚達が次々と集まってきました。

私はその中でも親戚の女子高生Aちゃんが大好きでした。
Aちゃん一家はお父さんのお仕事の都合で幼いころから東京に住んでいてAちゃんには1年に1回会えるか会えないかのレア親戚でした。
帰省親戚組の中で一番美人なAちゃんは当時の人気TV「欽ちゃんのどこまでやるの!?」に出ていたわらべの倉沢淳美にそっくりで気さくで子供好きでした。

親戚の若者男子たちはヤンキー風の伊藤かずえ似のYちゃん派か幼稚園の先生風の倉沢淳美似のAちゃん派のどっちが好みかを論じていました。
幼かった私はYちゃんの美人ヤンキー独特な近寄りがたい雰囲気を過剰に受け取ってしまっていたので断然倉沢淳美Aちゃん派でした。

私はお盆休みでもお正月でもないのにAちゃんに会えた事があまりにも嬉しくてお通夜、お葬式、食事、トイレ全ての場面でずーーとAちゃんに付きまとっていました。
お葬式でお坊さんがお経を唱えている時に前に正座で座っていた人の靴下に穴が開いていたり、お焼香の時に足が痺れて転んだりする人を見つけては無邪気に笑う私に釣られてAちゃんも笑いをこらえていましたが、本当はAちゃんは迷惑していただろうなぁと今は思います。

当時、この村ではお通夜、お葬式を自宅にお坊さんを呼び、隣組や親戚の手を借りて全て自分達で執り行っていました。
葬式団子を作りじいさんにお供えし、集まった親戚一同の朝、昼、晩の食事、お通夜、お葬式の会食の食事全てを本家、分家、親戚、隣組のおばさま達が全て手作りしていました。

葬式が終わると村のバスで直ぐに納骨しにお墓に行きました。
納骨に行く時は女性は白い頭巾を被るのがこの村の風習らしく女性に白い頭巾を配っていましたが、私にはくれませんでした。
「私もらってないよ〜」と言うと村の長が「子供はいらねぇ〜の!」と一蹴しました。
が、女子高生の伊藤かずえYちゃん、倉沢淳美Aちゃんはしっかりと白い頭巾を被っていたのでその線引きが分からなかったのですが、今らなぼんやりと分かります。

先祖代々のお墓につくとお坊さんがお経を唱え、骨壺を開けて「1人一つ好きな骨を手でもって墓にの中に入れて下さい。」
と言いました。
東京なら大抵は骨壺のまま墓の中に収めるの事が多いと思うのですが、ここ僻地では素手でじいさんの骨を持って何なら好きな部位の骨を選び墓に投げ入れるのです。
じいさんが入る予定の先祖代々の墓の中を覗くと沢山の骨がごちゃ混ぜでパンパンに詰まってました。
戦中はその辺で野垂れ死んだ誰かわからない人の骨もいれて供養したそうです。

じいさんの骨を投げ入れながら「誰だか知らない人がいっぱい入ってる墓にはいりたくねぇなぁ〜」と次に入る予定のばぁさんが言いました。

火葬した形のよさそうな骨を選び素手でお墓に入れる事にイベント感を感じながら、「おじいちゃん今までありがとう。安らかに眠ってください。」と祈りました。




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