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ビジネスブログ

2019年09月18日 [雑文(フィクション)]
 20年前位前はまだ寝台特急北斗星が現役な事もあり東北新幹線はガラガラに空いていた時代が長かったです。

金曜の夜仕事帰りにビールとおつまみを買い込み上野駅から東北行きの最終の寝台特急北斗星に飛び乗る。
石川さゆりが歌う津軽海峡冬景色の一節「上野発の夜行列車〜」が寝台特急北斗星だから取り敢えず心の中でリフレインします。
これが出来るって働いているからだよねぇ〜って悦に入りながら。
冷房で冷えた寝台車の車窓から東京のネオンが光るだけで喋る人もいなく静かなのだが、ガタゴトガタゴトと激しく車両が揺れるからとてもじゃないけど眠れたもんじゃない。
だから絶対にビールが必要なのです。
ビールを立て続けに何本か空けバリバリに糊がきいている白い綿のカバーに包まれた薄い毛布を掛けて寝るしかない。
車掌さんが切符を拝見しに来るまで待ち後は寝るだけ。
でも、ぐっすりと眠れることはなく朝の4時頃に起きると車窓は東京から一変して見渡す限り田んぼと変な形の家。
東北は豪雪地帯が多いからなのか、大手ハウスメーカーが進出しなかったからなのか変な形の家が多くこれを見ると東北だなと思ってしまう。
田んぼの中にポツンと家や農作業小屋があるだけの風景が永遠と続く。
それに鉛色の空。
鉛色の空色の日が多いと思う、東北は。
その鉛色の空がうら悲しさを助長させちゃうんだと思ってました。

それが東北新幹線が開通し景色は一変するのでした。

続く。

 



2019年02月18日 [雑文(フィクション)]
 以前、現場が忙しい時に助っ人で頻繁にきてくれたA君は役者になりたくて上京して15年位たったそうだ。
役者のオーディションを受けまくって端役でちょいちょいドラマや映画に出演していたが、勿論それだけじゃ生活していけないから長く建設業のアルバイトをしていた。
建築業のアルバイトは日雇いで日払い可もあるからA君のように役者、ミュージシャンを目指している人には丁度いいらしい。
最近A君は年齢的な事もあるのかオーディションを受けまくっても端役しかこないからなのか、オーディションを受ける事も少なくなり専ら建設業のアルバイトに明け暮れていた。

A君の実家は某県で先祖代々蓮根農家をしているそうだ。
A君 「俺んちの蓮根半端なく美味いっすよ。」
私 「じゃぁ、蓮根頂戴よ。」
A君 「嫌っすよ。半端なく美味いからそう簡単にあげられないっすから。」
A君は次男で蓮根農家は長男が継いでいるがA君の実家の蓮根は収益率が高く、その周辺の蓮根農家は絶対によそ者を入れずに
集落全体で先祖代々の蓮根利権を血縁関係者だけで守っているそうだ。
「うちの田舎は蓮根御殿が乱立してますから。」
「次男でも実家に帰れば蓮根の仕事も家も土地も車もあるんだ。」
「いずれは田舎に帰るから今だけ役者になる夢をみている。」と語るA君。
何年も前から「家賃や食費がタダになるから」と言って役者志望A君は20歳以上年上の彼女と彼女の母と同棲していた。
A君に「彼女にはその事を伝えてるのか。」と聞くと
「言えるわけないっしょ。」と言うA君。
その後A君の実家から蓮根が送られてきた。
縦1m横40p高さ15pの大きな長方形のダンボール箱の中にさらに90リットルのゴミ袋に包まれた
4節に繋がった泥だらけの立派な蓮根が3本入っていた。
最初段ボール箱を明けた時に泥しか入ってないじゃん。と思ったほどの真っ黒い泥まみれの蓮根だった。
水道水をジャーと勢いよくかけると真っ黒い泥の中から真っ白いきれいな色の太く立派な蓮根が現れた。
蓮根を丁寧に洗って水気を拭き取り(この蓮根は灰汁がないので灰汁抜きが要らないらしいです。)
2p位に輪切りにしフライパンに1p位オリーブオイルを入れて両面をきつね色になるまで揚げ焼きして
塩をかけて食べたら、シャキシャキと歯ごたえがあるのに蓮根が瑞々しくて口の中に蓮根からでた甘い水分が広がるのだ。
A君の言うとおり半端なく美味い。
てんぷらやきんぴら、煮物にする事なく揚げ焼きの調理方法だけであっという間に3本消費してしまった。
東京の八百屋さんで買った蓮根では味わえない、生まれて初めて泥から掘り立ての蓮根の瑞々しさを味わった。
A君が蓮根を送ってくれたのは後にも先にもこの一度きりだった。

2019年01月29日 [雑文(フィクション)]
 子供の頃、お葬式があるとワクワクしていました。

 私の故郷の集落では人が少なくのんびりと暮らしていた人が多かったので、
不慮の事故や病気で若く亡くなる人が極めて少なく亡くなる理由が老衰や加齢による病気が殆どでした。

 私が小さい頃、祖父は膀胱がんで長いこと入退院を繰り返していて当時は「癌=不治の病」という認識もあり
親戚一同集まっては「じいさんはいつ死ぬか」という話ばかりしていました。
自分の思った事は直ぐに何でも口にしてしまうこの集落の人らしい会話です。
冬が長く雪深いこの地域では早く喋らないと寒くて死んじゃうからこういうカルチャーなんだろうなと
その事に気が付いたのは大人になってからだったのですが。

 とある早朝に「じいさんが死んだ」と親戚から電話がありました。
この集落では人が死ぬと直ぐに火葬するのです。
火葬してから、数日後に自宅でお通夜、お葬式をしていました。
だから小学生の私は忌引きで堂々と学校を休める事に興奮しました。
その後、じいさんを火葬するからと黒っぽい洋服を着させられじいさん宅に向かいました。
じいさん宅では死に装束を着たじいさんを前に皆悲しんでいました。
皆で集まっては「じいさんはいつ死ぬんだろう」と和気あいあいと口々に言っていたのになぁ〜いざ死ぬと悲しんだなぁ〜と
未熟な私はぼんやりと見ていました。
じいさんの死に装束は真っ白い着物で額に白い三角の布が付けられていました。
当時大人気だったTV番組「8時だよ全員集合」でドリフターズの志村けんがやっていた幽霊のコントで付けていた白い三角の布です。
「あっ、志村けんの幽霊みたい」と思ってしまい、笑ってはいけないと思うと余計に笑いのつぼにハマってしまいました。
笑いをこらえながらじいさんを見ていたら、私が千昌夫の北国の春を口ずさむと喜んでくれたり、
私がカレンダーの裏に鉛筆で女の子の絵を描くとじいさんは戦車の絵を描いてくれたり、
サントリーの達磨という銘柄のウイスキーを飲んで酔っ払て腰が曲がったじいさんが顔を真っ赤にしてさらに丸まり達磨のようになった姿を思い出してしまい、急に悲しくなったのでした。
親戚一同火葬場に村のバスで向いました。
じいさんが火葬炉にいれられる瞬間に突然親戚の女子高生Yちゃんが「嫌ーーーーーーーーーーー」と大声で泣き叫びました。
当時大人気だったドラマ「不良少女とよばれて」の伊藤かずえにそっくりで村で美人ヤンキーで有名なYちゃんだったので
皆一様にびっくりしました。
じいさんが死んだ直後は通常通り美人ヤンキーですまし顔だったので突然のYちゃんの泣き叫びっぷりに皆驚き悲しみが増していったのでした。

その後、火葬に間に合わなかった東京から帰省した親戚達が次々と集まってきました。

私はその中でも親戚の女子高生Aちゃんが大好きでした。
Aちゃん一家はお父さんのお仕事の都合で幼いころから東京に住んでいてAちゃんには1年に1回会えるか会えないかのレア親戚でした。
帰省親戚組の中で一番美人なAちゃんは当時の人気TV「欽ちゃんのどこまでやるの!?」に出ていたわらべの倉沢淳美にそっくりで気さくで子供好きでした。

親戚の若者男子たちはヤンキー風の伊藤かずえ似のYちゃん派か幼稚園の先生風の倉沢淳美似のAちゃん派のどっちが好みかを論じていました。
幼かった私はYちゃんの美人ヤンキー独特な近寄りがたい雰囲気を過剰に受け取ってしまっていたので断然倉沢淳美Aちゃん派でした。

私はお盆休みでもお正月でもないのにAちゃんに会えた事があまりにも嬉しくてお通夜、お葬式、食事、トイレ全ての場面でずーーとAちゃんに付きまとっていました。
お葬式でお坊さんがお経を唱えている時に前に正座で座っていた人の靴下に穴が開いていたり、お焼香の時に足が痺れて転んだりする人を見つけては無邪気に笑う私に釣られてAちゃんも笑いをこらえていましたが、本当はAちゃんは迷惑していただろうなぁと今は思います。

当時、この村ではお通夜、お葬式を自宅にお坊さんを呼び、隣組や親戚の手を借りて全て自分達で執り行っていました。
葬式団子を作りじいさんにお供えし、集まった親戚一同の朝、昼、晩の食事、お通夜、お葬式の会食の食事全てを本家、分家、親戚、隣組のおばさま達が全て手作りしていました。

葬式が終わると村のバスで直ぐに納骨しにお墓に行きました。
納骨に行く時は女性は白い頭巾を被るのがこの村の風習らしく女性に白い頭巾を配っていましたが、私にはくれませんでした。
「私もらってないよ〜」と言うと村の長が「子供はいらねぇ〜の!」と一蹴しました。
が、女子高生の伊藤かずえYちゃん、倉沢淳美Aちゃんはしっかりと白い頭巾を被っていたのでその線引きが分からなかったのですが、今らなぼんやりと分かります。

先祖代々のお墓につくとお坊さんがお経を唱え、骨壺を開けて「1人一つ好きな骨を手でもって墓にの中に入れて下さい。」
と言いました。
東京なら大抵は骨壺のまま墓の中に収めるの事が多いと思うのですが、ここ僻地では素手でじいさんの骨を持って何なら好きな部位の骨を選び墓に投げ入れるのです。
じいさんが入る予定の先祖代々の墓の中を覗くと沢山の骨がごちゃ混ぜでパンパンに詰まってました。
戦中はその辺で野垂れ死んだ誰かわからない人の骨もいれて供養したそうです。

じいさんの骨を投げ入れながら「誰だか知らない人がいっぱい入ってる墓にはいりたくねぇなぁ〜」と次に入る予定のばぁさんが言いました。

火葬した形のよさそうな骨を選び素手でお墓に入れる事にイベント感を感じながら、「おじいちゃん今までありがとう。安らかに眠ってください。」と祈りました。






2019年01月15日 [雑文(フィクション)]
 私の生まれ故郷は東北のさらに僻地だったので「お節料理」がありませんでした。
もちろん今では東北の僻地でも車で20分でスーパーがあり1時間でイオンを模倣したショッピングパークがあるのでそこでお節料理を見かけますが、
(イオンじゃなくてイオンを模倣したショッピングパークってところが僻地感をさらに増幅させる。)
私の幼いころはイオンやテレビで東京の情報に毒されていなかったのでお節料理が用意される事がありませんでした。
ちなみに当時はテレビが民放は2チャンネルしかなく「笑っていいとも!」は次の日の夕方に放送されていました。

 僻地のお正月は母方、父方それぞれの親戚、本家、分家に新年の挨拶に行きお年玉をもらいに行き、
子供達はいとこ、はとこと遊び大人は宴会するのですが、各家の集まりでもお節料理を目にしたことがありませんでした。
私が生まれ育ったところは山も海も近くにあったので海産物も山の物も豊富で、お正月は
・お餅
・カニ(毛ガニがとれたので毛ガニのみ)
・数の子
・酢だこ
・にしん、ほっけ、ハタハタのなれ寿司(魚を発酵させた寿司)
・いか、たらの干物
・漬物(これで野菜を摂取)
・野菜や山菜を細かくして煮込んだ味噌汁(これで体を温める)
等、保存がきく上記のようなものを女性も休めるようにと正月三日間は食べ続けていました。
それでも、海産物は新鮮なものを保存しているので美味しいし、特に餅は水が美味しいからなのか焼くとつきたての餅のようになりとても美味しいのです。

そんなこんなで上京したら東京人はお正月は絶対にお節料理を食べているじゃないですか。
友達に「黒豆って美味しいから家族でいつも取り合いになるよね〜」とか
「栗きんとんって栗が多めが美味しいよね〜」とか当たり前のように言われる度に
「うちの地方ってお節料理ないから食べたことがないんだよねぇ〜」とは恥ずかしくて言えず
「そうそう、ホント美味しいよね〜。」とのたまってました。
ある時に友人宅でお節料理を食べる機会があったのですが・・・甘い濃い味付けに美味しいと思えずに
「おいしいおいしい」と冷や汗をかいてそらんじてしまいました。

大人になり歳を重ねてお節料理を用意したり、買ったりもしたのですがどうもあまりなじめず・・・。
そこで今年のお正月はお節を撤廃し保存のきく家族みんなの好物を用意したのですが、これがよかった。
料理があまらず冷蔵庫の中もスッキリしました。

結局幼いころに食べ慣れ親しんだ物が一番美味しいんじゃないのかぁと思う今日この頃です。


2017年11月01日 [雑文(フィクション)]
 この味がいいねと君が言ったから11月1日は紅茶記念日。
ではなくて、本当に11月1日は紅茶記念日だそうです。

会社で事務作業の日は紅茶、コーヒーを5~6杯飲んでしまいます。
紅茶、コーヒーは80度のお湯で淹れるといいらしいのですが、私は沸騰したお湯で紅茶、コーヒーを淹れ熱々を喉に流し込みたいのです。
熱々のコーヒーも事務作業をしているとあっという間に冷めますから。
でも、お店や他の人に淹れてもらうときは80度が美味しいんでしょう。
紅茶はリプトンの三角パックが価格と味のバランスがいいなぁと思い、こればっかり買ってしまいます。
カップの半分に牛乳、残りの半分に水を淹れ、リプトンの三角パックを投入しレンジでチンすれば、ミルクティーが完成と以前にテレビのCMで見てからは、寒い冬の早朝はこれが五臓六腑に沁みわたります。
 コーヒーは飲み過ぎてブラックなら何でもいいように感じております。
しかし、会社の人達はミルクと砂糖がたっぷりめのコーヒーを飲んでいます。
ブラック派からみるとミルクと砂糖がたっぷり入った時点で「それって、コーヒーじゃなくて別の飲み物じゃないですか?」と思うのですが、
ミルク、砂糖たっぷり派からは、「ブラックコーヒーなんて苦いだけでかっこつけたいから我慢して飲んでるんじゃない?」と言われました。
勿論、冗談ですが。

「育ってきた環境が違うから好き嫌いは否めない。」

と、山崎まさよしがセロリで歌ってましてたもんね。



2017年10月23日 [雑文(フィクション)]
 私は田舎の出身なのですが、この田舎の母から送られてくる段ボール箱にため息がでる事があります。
この間なんて、段ボールいっぱいに「プルーン」が入っていました。
生の果物のプルーンです。
プルーンは黒い皮が少し硬く実の割りに種が大きく甘さより酸っぱさが勝る果物です。
正直、食べても食べなくてもいい物だと思っています。
そして毎年このやり取りをしなければならないのです。

私「プルーン届いたよ。」
母「届いた?」(ちょっと嬉しそうに声が弾む)
私「プルーン、あんまり好きじゃないんだよね。」
母「んーでも、煮てジャムにしてヨーグルトにかけても美味しいよ。食べればいいじゃん。便秘が治るし。」(突然怪訝なトーンになる)
私「便秘にもなってないし、ジャムにするにしても皮が硬いから細かく刻んで煮ないとジャムにならないし、そんな時間ないしね。」
母「えー、じゃぁ捨てるの?勿体ない。もう嫌だー。」(完全に怒る)

百歩譲ってプルーンは2、3粒なら美味しく食べられるのだけれど、プルーンが好きだと私は一度も言った事ないし。
田舎のプルーンの木は誰かが庭のような畑のような適当な所に適当に植えて何の手入れもされずに放置されているのに、土が良いのか気候がいいのか毎年沢山の実をつけます。
でも、実の間引きをしないので沢山の実は東京のスーパーで売られているものより小ぶりで酸っぱいので売り物にならないのです。
本来はそのままカラスに食べられたり、腐って放置されていた代物なのにね。


2017年09月21日 [雑文(フィクション)]
 私は9月は秋の味覚ぶどうを食べられる事だけを喜びと感じ日々頑張っています。
ぶどうの良さはやっぱり、皮を剥かずに洗って直ぐに食べられるから手間が要らない。
程よい甘さ。
最近は品種も多いから色々な品種を食べ比べる事が出来るから飽きにくい。
1粒で食べ終える事が出来るから好きな量を食べて残したらラップとか酸化とか考えずに冷蔵庫にしまえば、次の日も美味しい。
こんな手間いらずの果物って他に何かあります?
ないと思っているから9、10月はぶどうを買います。
まぁまぁお安く、質も良く、豊富な種類を取り揃えている店も抑えているのでひたすらその店に通います。
冬も春も夏もたまにぶどうの事を思い出しながら過ごしているから。
ひっそりと楽しみます。



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